人生を哲学するのだ

2016/04/01

昔、エイプリルフールに、主人と共通の友人に

「実は…私たち別れることになっちゃって…(そのときはまだ夫婦ではなかったんです)。」って嘘をついたら

まさかの彼がポロリと涙を流しながらショックを受けてしまい、超絶反省したことがあります。齋藤です。

その節はすみませんでした。

 

4月に入ったので、私の学生時代の話を少し…😂

私、大学では哲学を勉強したかったので哲学科のある学校に入学しました。

卒業した今も、哲学がなんかのかよくわかっていません😂

そもそも哲学科に入学する輩なんていうのは相場が決まっていて、

就活のこととか一切考えてないわけですよね。

考えていたとしてギリギリ「教職員になりたい」くらい。

でもそもそも教職に就きたいのであれば入学の時点で決めてそのコースを取らないといけないわけで、途中からやっぱり取りたい!とかはほぼ不可能なわけです。留年しない限り。

よってほとんどのパッパラパーの生徒たちは就活時非常に苦労するわけです。

黒魔術が使えるとかうそぶく奴、体育学科に入りきらなくて仕方なく哲科にいる奴、哲学者オタク、私みたいに血迷った奴…

そんな人だけで構成される授業は、今考えても恐ろしいことしきりです。

般若心経を音読する授業や数理論理学、祭りの研究、美学…なんか本当に色々学んだんですが、

覚えているのって

教授「エンゲージリングのエンゲージというのは、元々は契約・拘束を意味する”アンガージュマン”から来てるんです。」

私「まじか、結婚怖い…。」

とか

教授「ハレの日っていうのは、ケの日と対になっているんだ。ケ(日常、と解釈されることが多い)の日々がなければハレの日はハレの日(晴れの日)たり得ないんだ。」

私「…だから閉鎖的な地方に行けば行くほど、祭り(ハレの日)の異常さが際立つんだな…」

みたいな、それこそ小話だったりします。

 

意外とこういう話がのちのち役立ったりするので、(こうやってブログの話題になったり😂)みんなやりたいこと、やったらいいと思います。

変な締め方。