バンクシーとデュシャン

2016/04/07

Banksy

彼を見ていると、私は必然としてマルセル・デュシャンを思い出します。

あくまでも個人的な見解ですが。

彼の持ち味は、描いた絵やグラフィティ、立体そのものではなくて、

「そもそもさ、芸術ってなんなのさ?」っていう問いかけにあると思います。

芸術に対する姿勢、考え方が彼を彼たらしめているんであって、

知らない間に描かれていた壁画が問題じゃない、っていうところ。

 

もちろん匿名性やイリーガル性、ストリート性、そういう刺激的なポイントも注目すべきだけれど、

脈々と続く芸術の歴史・派閥に改めて

「で、それで?」って言っているというか。

私たちは何をもって「これは紛れもない芸術だ」と思うかっていうことです。

 

 

まったく一つも前情報がなく何かを見せられた時、

「美しい」「好きだ」もしくは「気味悪い」「冷や汗が出る」…

なんでもいいので大げさな感情が動くときはそれを芸術だと認識しているのでしょうか。

 

マルセル・デュシャンの有名な【泉】。

サイン入りの男性用便器。作者名無し。

その芸術展はデュシャン自身も審査員として参加していましたが、

名を伏せて出品したものの展示をされなかったという曰く付きの作品です。

いわゆる元々存在していたものに芸術的価値を見出す”レディメイド”作品です。

 

これを踏まえると、”デュシャン以降”という風に考えられると思います。

芸術というのは「美しい!」だけなんだろうか、ということ。

“網膜が喜ぶこと”だけが芸術ではなくて、

“何なんだ、一体!”と思うような、芸術的経験が重要視される時代になってきたんじゃないかっていうことです。

 

でも私は、あまり奇抜だったり違法だったりばかりに頼るのは

あんまりイケてることとは思いません。

でも、イリーガルが面白かったのに、合法になったり、アーティストとして堂々と描いてる方とかを見ると

「なんだかなぁ」と思ったりもするんですが。。

見ている方は本当に勝手ですね😂