火鉢にあたるは青猫か

2016/07/08

浴衣の時期ですね。
毎年着たいと思いつつ過ぎていく夏…🍧

夏になるとなぜか夏目漱石の「こころ」が思い出されます。
冒頭が海水浴のシーンだからか、宿題の読書感想文の思い出だからか定かではないですが。
毎年この時期になると再読したくなり、読んで落ち込むわけです。

さて。
最近はまた漫画の話をしていて、『月に吠えらんねぇ』の話題になりました。
読んだことがなかったのですが、試し読みができたのですぐに一読。
タイトルはもちろん萩原朔太郎の「月に吠える」からきていますね。


をれは日ましにするどくなつてくる

をれの手はしんちうになり
をれの足はゆきにうずもれ
おれの髪の毛ははがねになり
おれのゆびさきは錐になつてしまつた
おれの胴體はふくらみあがつた
そこらをのたうちまわつてくるしがる

おれはしんじつおれのただれた母體から
さくらの花をさかせてみせる
おれのくさつたたましひから
らじうむの月を生んでみせる
をれはしなびる
おれはやつれる
ああおれの足音はだんだんと墓場に近づいてくる
みろ、おれは歯をくひしねながらきりきりいつしよけんめいで
おそろしい最後の奇蹟を祈つてゐるのだ。

 

「最後の奇蹟」萩原朔太郎


私が初めて詩に心震えたのはいつだろう、と思います。
詩はいつでも自分の味方でした。

もちろん誰かに教えてもらったり、論じ合ったりもいいと思いますが、
自分だけで音読して(詩は絶対に音読の必要があります)、反芻して、
鳥肌が立ち背筋が凍るような経験を何度もしてきました。

ボロボロになって何度も買い直した『寺山修司 少女詩集』、
そして下記


ぼくのこころは板のうえで晩餐をとるのがむつかしい
夕ぐれ時の街でぼくの考えていることが何であるかを知るために
全世界は休止せよ
ぼくの休暇はもう数刻でおわる
ぼくはそれを考えている
明日は不眠のまま労働にでかける
ぼくはぼくのこころがいないあいだに世界のほうぼうで起ることがゆるせないのだ
だから夜はほとんど眠らない
眠るものは赦すものたちだ
神はそんな者たちを愛撫する
そして愛撫するものはひょっとすると神ばかりではない
きみの女も雇主も
破局をこのまないものは
神経にいくらかの慈悲を垂れるにちがいない
幸せはそんなところにころがっている
たれがじぶんを無惨と思わないで生きえたか
ぼくはいまもごうまんな廃人であるから
ぼくの眼はぼくのこころのなかにおちこみ
そこで不眠をうったえる
生活は苦しくなるばかりだが
ぼくはとく名の背信者である
ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって
ぼくは廃人であるそうだ
おうこの夕ぐれ時の街の風景は
無数の休暇でたてこんでいる
街は喧噪と無関心によってぼくの友である
苦悩の広場はぼくがひとりで地ならしをして
ちょうどぼくがはいるにふさわしいビルディングを建てよう
大工と大工の子の神話はいらない
不毛の国の花々
ぼくの愛した女たち
お袂れだ
ぼくの足どりはたしかで
銀行のうら路
よごれた運河のほとりを散策する
ぼくは秩序の密室をしっているのに
沈黙をまもっているのがゆいいつのとりえである患者だそうだ
ようするにぼくをおそれるものは
ぼくから去るがいい
生れてきたことが刑罰であるぼくの仲間でぼくの好きな奴は三人はいる
刑罰は重いが
どうやら不可抗の控訴をすすめるための
休暇はかせげる

 「転位のための十篇」吉本隆明
(改行は違っているかもしれません。)


何も言えなくなってしまう。

最近気に入っている室生犀星と、猫。

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詩人には猫が似合う。